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フリードリヒ・クーラウ協会設立趣意書

今、何故にクーラウなのか

フリードリヒ・クーラウとその芸術

フリードリヒ・クーラウ協会設立の趣旨


今、何故にクーラウなのか

 二十一世紀を目前に控え、現在世界は大きな変化の只中にあります。その変化は政治、経済、文化等の広範な領域に及び、われわれ個々人の人生観や世界観をも含めて根本的な再検討を迫られています。またこの変化は、一部の国や地域に限られたものではなく、まさに地球規模の広がりと深さを持つという性格を有する点で、人類がこれまで経験し得なかったものであると申せます。

 こうした時代にあって、将来が展望できぬことからくる不安や閉塞感、それらに伴う混乱がつきまとうのは必然です。しかし、われわれがただ不安にかられて右往左往することに終始せず、正しく未来への展望を切り開こうとするためには、まず何よりも歴史をふり返り、いま一度人類が辿った道筋を見定め、その道筋を新たにとらえ直すことが必要でありましょう。

 とりわけ日本は、明治維新以来西洋近代文明を宿命として受容することにより、近代化の道を歩んで来た経緯があります。このことは、西洋近代の見直しの作業が、そのまま日本人の自画像の描き変えに直結してしまうという性格を持つことを意味します。現在各分野で、そうした見直しの作業が行われておりますが、文化史の一分野としての音楽史もその例外ではありません。

 一方われわれの日常生活に目を転ずれば、そこには様々な媒体を通じ、世界中のあらゆるジャンルにわたる音楽が氾濫しております。われわれは日々音楽の洪水に身を浸していると申しても過言ではありません。その中にあって、「クラシック」と呼ばれる西洋近代音楽は、その価値の点からも、歴史的観点からも、依然として大きな意味を有していると考えなければなりません。西洋近代音楽のすぐれた所産の再検討を通じてこそ、われわれは最も本質的な意味で、新しい音楽像への展望を得ることができるものと考えられるからであります。

 明治以来日本が近代化の範としたのは、主にイギリス、フランス、ドイツの三国でありましたが、音楽史の分野では圧倒的にドイツ音楽が優勢であり、敢えて申せば、これに加えてフランス、イタリアの音楽が辛うじて顧慮の対象とされて来たにすぎません。ましてロシアを含む旧東欧、南欧、北欧など、その他の地域の音楽は、限られた作曲家の限られた作品にのみ関心が向けられたに止まり、音楽史上では、せいぜい周辺的なエピソードとして扱われて来たにすぎない観があります。

 本当にこれで良いのか、という疑問を敢えて投げかけるところからわれわれは出発したいと考えます。従来の音楽史記述に疑義を呈するとは、具体的には個々の作曲家ないしは作品の評価変えの作業を意味します。しかしその作業が、たんに従来の音楽史記述を崩し、高い評価を与えられて来たものを貶めることにつながるものであれば、何らの積極的な意義も持ち得ないと申せましょう。

 むしろわれわれの意図は、旧来の先入観や捉われから自由になることにより、これまで見落され、気づかれることのなかった価値あるものを再発見し、われわれの視野を拡大し、われわれの富を豊かにし、われわれの内なる新たな可能性に気づくことにより、真に未来への展望を開く手がかりを得ることにあります。

 フリードリヒ・ダニエル・ルドルフ・クーラウ(1786〜1832)は、こうした時代の要請と、われわれの意図とに叶う人物であると考えます。

1999年11月19日記)   


フリードリヒ・クーラウとその芸術

 クーラウは北ドイツのユルツェンUelzen に生粋のドイツ人として生まれました。しかしナポレオン戦争の動乱を避けて1810年にデンマークに移住、その後帰化して1832年に没するまで首都コペンハーゲンを中心に活動した作曲家です。ドイツ人でありながらデンマークの作曲家となったという事実が、クーラウが音楽史上不遇であったことと深くかかわっております。

 しかし彼は、決して長くはない、また決して恵まれたとは言えぬ生涯の中で、現在知られている限りでも二百三十曲余りの作品を残し、デンマークの代表的作曲家の一人としての評価を得ています。交流のあったベートーヴェンはクーラウを「カノンの巨匠」と称賛し、また彼の才能に瞠目した同時代人たちの多くの証言が残されております。

 クーラウが活躍した十九世紀前半のデンマークは、時あたかも史上空前の文化的黄金時代を迎え、H.C.アンデルセン、キルケゴール、グルントヴィ、J.L.ハイベア、トーヴァルセン、エーレンスレーヤ、エアステズなど、あまたの大才を産み出した時代でもありました。クーラウもこれらの人々と直接、間接の関係を結ぶ中で創作活動を行っております。

 音楽史的に見るなら、クーラウはこの時代以降のデンマーク(北欧)ロマン主義音楽の発展に先鞭をつけた人物であると言うことができます。その音楽は、彼が生涯尊敬して止まなかったモーツァルトのスタイルを基調としながら、ベートーヴェン、ウェーバー、ロッシーニ、ケルビーニなど同時代のすぐれた作曲家たちの長所を旺盛に摂取し、意識的に「借用 」しつつ自らのものとして消化し、北ドイツ的な堅牢な形式と、みずみずしい北欧的叙情性とを融合し、独自の個性的な芸術世界を形成することに成功しております。

 しかし没後彼の作品は、器楽のための愛らしい小品など、ごく一部を除いて忘れられ、その全貌は歴史の闇に覆われてしまっております。


フリードリヒ・クーラウ協会設立の趣旨

 フリードリヒ・クーラウ協会は、以上に述べた現代の歴史的状況と、彼の芸術の持つ価値との双方の観点から、クーラウの芸術を再評価することに多大な意義があるとの確信のもとに、彼の芸術を敬愛する有志により、先行する様々な活動をもとに、国際組織として設立されました。その目的は、フリードリヒ・クーラウの作品と生涯、及び彼を中心とする黄金時代のデンマークの諸文化を研究、紹介、普及することにあります。

 音楽を芸術という限られた分野の特殊な営みであると断定するのは誤りです。各分野にわたる人間活動は、すべて直接、間接の関係で密接に結ばれつつ、相互に影響を与え合う中で営まれるものであるからです。

 いかなる大木も、いかなる大森林も、当初は地に落ちた小さな種子が成長した結果であることを思うとき、一人のすぐれた作曲家の再発見と再評価の持つ意義は決して小さいものではないことを信じます。フリードリヒ・クーラウこそは、知られざる「もう一つの西洋音楽の世界」への扉を開く人物だからであります。

 フリードリヒ・クーラウ協会の設立を機に、クーラウの音楽に関心をお持ちの、またわれわれの趣旨にご賛同くださる多くの識者の方々のご参加とご助力とを切にお願い申しあげる次第であります。


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